昭和52年6月10日 月次祭 ●①、② 梶原 佳行
信心は大きな信心がよい。迷い信心ではいかん。一心と定めいと。
大きな信心をさえてもらうということは、とりもなおさず、大きなおかげを受けるということでございます。為には、迷い信心ではいかん。一心と定めい。迷うまいと思う。一心と定めたいと思うけれども、やはり、不安であったりいたしますと、迷いの心も起こってくる。
一心と定めての信心、しかも迷いのない、それでいて、大きな心、大きなおかげの受け物を受けるということだと思うんです。おかげは頂きたい、信心は少し分かりたい、おかげは大きく頂く、といったようなことでは、結局理に合わないわけです。
それには、やはり、神様のおかげ、ね、おかげをおかげと知ることですし、又、この神様のおかげを頂くということは、いわゆる、人間心では計り知ることの出来ない、不思議な、しかも偉大な働きを受けることが出来る。
「無常の風は時を嫌わぬ」というが、金光大神の道は無常の風に時を嫌わす、というほどしのご信心である。助からんはずの者が助かる。開けんはずのものが開けてくる。そういうおかげの受けられる信心に、縁を頂いたのですから、そういうおかげの頂けれる信心の稽古をさせてもらわなければなりません。
もう、以前に頂いた、御理解ですけれども、合楽の信心は、えー、潔さがいる。素直さがいる。辛抱強さがいる。ね、●①「梅の香を桜にもたせ、しだれ柳に咲かせたい」●大変もう欲深いようですけれども、皆がそれを願っておるのじゃないでしょうか。
桜の花のように、それこそあの満開の時の華やかさ。ね、強勢な、いうならばおかげも頂きたい。それにはね、やはり、信心辛抱といわれておる、辛抱を身に付けなければいけない。信心辛抱の徳を、身に付けていかなければいけない。
同時に、お道に信心は素直心でなからなければいけない。いよいよ素直でない自分を見出したら、いよいよ素直になる稽古をさせてもわらなければいけない。ね、なかなかね、素直のようであって、素直でない自分を、何時も発見します。
本当に簡単に出来るような事を、右左にする。とにかく素直にならせて頂く稽古をさせてもらわなければなりません。
そういう素直心。ね、又は、信心辛抱させて頂いておるところから、色々神様の間違いなさを、身を持って示したり、身を持ってそれを頂いて行くことが出来る。ね、いよいよ、ね、この神様におすがりをしておけばという、心の安らぎも生まれてくる。又、心が大きくもなってくる。おかげも、その大きな心にしたがって、大きく育って行く。
ね、今日、福岡の東さんのお母さんが、もうぎりぎりの時間でしたけれど、お届けをなさいましたら、あの、急に頂きますことが、あの●②「心一つで総てを創る」という字を反対に頂いた。逆さまに。
それで私は、逆さまに書いてやるわけにはいかんから、まぁまともにその、一筆書かせて頂いたんですけれども、後から、逆さまということはどういうことだろうか、一つ考えてみなきゃならんと同時に、又私共も考えなければならないことだということです。
ね、いうなら、素直心なら素直心一つで、雲の上までも昇る道がある、といわれるのですから、なるほど心一つで、ね、総てを、いうなら、幸福の総てを、身に付けて行くほどしのおかげも、受けられるんだということでしょうけれども、それを逆さまということは、どういうこというと、心一つで地獄にも行けれるということになります。
心がイライラする、モヤモヤするもうそれは、すでに地獄なんだ。心一つ、心一つで頂いておるおかげも、あっという間に壊してしまう、という意味であろうと思いました。
心一つで総てを創る信心ですから、その心一つに取り組んで、ね、いよいよ心が極まって、限りなく美しゅうならせて頂いて、しかもそれが豊かに大きく育っていくことを、願いとしての信心。●
それを、最近では、どうぞ神様、今日も1日、あなたのお心に叶う1日でありますように、という願いを持てというのです。
今朝からの御理解の中に、聞いて頂いたんですけれども。昨日、そのご本部に、学院修行中でございます、秋山誠治君。今度6名まいりました、一番年少者であります。もうそれこそ、もう生き生きとした、感激いっぱいでの、手紙を、もうやむにやまれんで書きましたという手紙がまいっております。
その中に、神様のお喜び頂ける信心が頂きたい。親先生に喜んで頂けれる信心が頂きたいとこう、二つ書いておる。ね。
なら、神様に喜んで頂く信心とは。親先生に喜んで頂く信心とは。と、そこに焦点がおかれなければならんのです。そこに、親神様の思いが分かり、親先生の心が分かり、その心に沿わせて頂こうという、その心に沿わせて頂こうということの眼目がです、ね、いわゆる、大きな心にならせてもらわなければならない。
為には、その内容として、桜の花の信心。それこそ「梅の香を桜に持たせ、しだれ柳に咲かせたい」というような信心内容が私共の心の中に、ね、育っていかなければならんということでございます。
今日、杷木の市川さんが、朝からお参りになっておられて、丁度研修も一緒に頂いて帰られます。皆よりもちょっと、早いと思うたら、はようここへ出て見えられまして、研修まで色々、信心話をさせて頂いたんですけれども。ん、本当にその皆が簡単に願うその、願うということでも、又それを聞いて下さるという神様も、しかし大変なことですよって話したことでした。
それは、昨日、金光大谷ですね。金光、ご本部の町です。に、谷間という喫茶店がございます。えー、この頃、こちらへご夫婦でもお参りになります。お願いごとは、もう電話で一々お届けされます。
私はまだいったことがありませんけれども、なかなか気のきいたコーヒー店です。それが昨日電話がかかってまいりまして、実は先生、只今奥さんの里の方から、電報がまいりました。母、危篤という、電報である。
直ぐにでも発っていかなければならんのでございますけれども、ご承知のように、明日は、いわゆる今日ですね、6月10日は金光教の立教記念式がご本部で、いうなら大きなお祭りが仕えられます。ここからも、若先生を始め、皆お参りをいたしております。
ですから、どうしてもその、そのご大祭の時だから、店を閉めるわけにはいけないわけなんです。ね、ですから、本当に、わがままな、勝ってな願いですけれども、母の生命を、ね、ここ一よう日おかげが頂けますように、という切なる願いなんですけれども。
しかし大変なことだと私は、命を1日延ばしてくれと。それはね、まぁ今、なかなか医学も発達しておりますから、ちょっと注射で持たせる、といったような手はありましょうけれども、それはもう死ぬるということに決まっているわけなんですね。
ただ本人にとっては、かえってまぁ地獄かもしれないような、そういう手立てもありましょうけれども、いわゆる神様にお願いをして、こういうわけですから、ここ一両日の生命をささえ、まぁそういう電話があったんだけれどね。
本当に、しかも電話一本で、神様がそれをおおて聞いて下さるからね、本当に不思議なことばい、有り難いことばいというて、もう市川さんに話をしておるところへ、ジャンジャン電話がかかって来た。
金光からだという、ね、そして、おかげを頂きました、というのが(いちおん?)で、ね、おかげを頂いて、お届けをして2、3時間したら、電報が入った。その病人が(もちのがした?)ちいうんです。ね、ですから、もう慌ててくることはいらんという、その電報であったというのです。
市川さんここで一緒に、本当にここでお参りをさせて頂きますと、いうなら神様の生きた働きを、目の当たりに見せて頂くことが出来、聞かせて頂くことが出来るから、有り難いというて、ね、えー、まぁ二人で神様の間違いなさに、ご自身もあのように、胃癌で助からないところを、手術をせずに、ね、それこそ泰然自若な心、いうなら今日のご理解でいうと、桜の信心。
ね、潔い心で、神様一心におすがりして、助かれというお知らせを頂いて、おかげを頂いた。もう、おかげを頂いて、一緒に、同じ病状で手術をされた方は、大変経過が良かったんですけれども、一年後には亡くなられて。もう市川さんがおかげを受けられて、もう3、4、5年にもなりますでしょうか。
それ以来、杷木教会の信徒会長をなさっておられながら、一心に合楽にお参りをなされます。そんなわけですから、その、信者が、まぁいうならば二股かけておる、といったような意味のことをいうそうですけれども、これは金光教が、迷信打破の信心だというのが看板といわれるくらいなのにも関わらず、金光教118年、信心が段々おかげを頂いて、信心の質が低下してきた。
低下して来たということは、おかげが受けにくうなって来た。ね、そして、どういうところに、そのおかげの受けられなくなって来たか、ということを、先日教師会の時に、こりゃ教師だけに、まぁ読ませる本でしょう、そういう、どうしてこの頃金光教が衰微するかというわけがずっと、まぁよう研究したもんじゃあるというごと、調べちゃる。
ね、その中に、先生が方が頭脳の信心、先生が多くなってきたことやら。ね、又は、経営の仕方、教学、教会を運営の、その研究ばかりをして、どうすりゃ信者が集まるか、といったような研究ばかりをする先生が多くなったことが、まぁ原因だと。
お道の教師はちった馬鹿でもよい。頭が悪くてもよい、学校にいっとらんでも良い。そういう私が思っておるようなことをです、お道の教師はこういう人でも、その人達が、一心発起させて頂いたら、そういういわば、教職を求める、教師を求める、にならせて頂こうかというような、人達は、これからどんどん、引き開けていかにゃいけないというようなことが書いてあります。
こりゃまぁ、合楽理念を皆が、本気で勉強しだし、研究しだし、そして、合楽に皆がその教えを頂きにくるのも、本当にまぁ時間の問題だろうと思うくらいな、ところまでいっておることが有り難いことです。
いよいよ合楽自身が、おかげを受けなければならないなということです。ね、道を間違えたらおかげを落とすとか、なんとかというような、いうなら、金光教の信心の、なるほど、おかげを受けたことを疎かにしたり、軽く見たり、馬鹿にしたり。ね、それをないがしらにする、ということはいけないことでしょうけれども。より信心を、求めるということは有り難いこと。
私は、今日はまぁそれを(トクメイ?)で話そうかと思ったけれども、もうつい市川さんの話になったから、実は、市川さんが今朝からお礼に出て見えたのは、あちらの総代さんで、自分よりも40日ばかり、早く生まれておる、まぁ七十何歳になられるわけです。
先代の頃から、総代をつとめておられる。それが、最近もう重態で、床についたっきりである。先日からのご大祭に、の記念祭の時には、もうそれこそ、よろよろしながら玉串だけをあげて、直ぐ帰らねばならんというほどしに悪い。
最近はもう、あちらへ死相が出とる、といわれるくらいに、もう本当に、やせ細って、見る影もないように、まぁいうならば、死を待つばかりのような状態であった。
合楽の話をしても耳もかたむけん。先代に対して相済まんとこういわれる。ね、けれどもね、やはり信心友達である、助けたいの一心で、今月のおかげの泉と、合楽だよりをもって、お見舞いをされた。
とにかく、まぁ読むだけなっとん、読まんのというて、おかげを頂いた。そして、その翌日が、2、3日前になるわけです。
朝の御祈念に毎朝、お参りをなるそうですが、息子さんが自動車で送って朝参りをして来た。もうビックリして、訳を聞かせて頂くと、昨日、あのおかげの泉を読ませてもらい、それから、あの、合楽だよりを読ませて頂いて感動した。震い立ってきた。
何十年間の信心の、いうなら基礎ができておりますから、もう分かるところが分かるわです。今度は、えー、末永先生の、南米布教のことが、特別の記事が組んでございました。それを読んで、もういよいよ感動された。
ね、夫婦ならまだしら、子供を二人も連れて、お腹に赤ちゃん一人、いうなら、親子五人の者が、ね、しかも見たこともない、知った人もない、南米の地に。しかも日本人はたった百軒ぐらいしかおらん、というような小さい町にです、布教に出られたという話だけでもビックリされた。
それから、十日、二十日と段々おかげを頂いて行く、その様子にもういよいよ感動された。信心には、この潔さがなからなければと、もう感じて、もうそれこそ、感動が止まなかった。
そして、その翌日は、自分で自転車にのって、朝参りが出来た。今朝からは、この雨風の中に、雨合羽を着て、自転車でまいってきておられた。もう市川さん、驚いてしもうてから、まぁどうした有り難いおかげのち。こんなおかげを頂いたからこりゃいっちょ、合楽に、それこそ親先生にはこっそりとでん、おぜん参りせにゃいかんのて、いやーもうこっそりとだんじゃない、今度は、もう堂々と、お礼参りをさせて頂くという、お礼お届けが、今日ございました。
ね、ですから信心というのは、信心が分かるということ。受け物を作るということ。ね、それがね、そういう、いうなら、奇跡的なおかげもよぶことになります。丁度、その話をしておるところへ、宮崎の、んー、あちらはなんとか教会でしたかね、えー、何教会でしたかな、あー、あ、日向、日向教会の、おー、教会長先生から、お礼の手紙なり、又様々な難儀な問題の、お届けがございました。
先日からもう丁度、あの、その手紙を、見せておりましたから、あの市川さんに、又こういうお礼やら、こういうお願いやらが、まぁ今日は帰っていうところは、次々と難儀が絶えないところだ。
本当に、けれども、合楽におかげを、たった一回しか参ったことはない。けれども、合楽の信心に傾倒した。奥さんはまだ参って来たこともないのに、この頃からのおかげの泉を、宮崎のご信者さんにお借りして、二十冊、それを毎日、あのうつされる。
もうそげなことをなさるよりも、あちらで、あの、まぁ一緒にまとめて買われたらどうですかていうたら、いいえ、あの、一回うつすと十回読んだ以上におかげ頂くから、うすさせて下さい、というてその、まぁうつしておられるというくらいに熱心。
先生も今までの、教会の難儀というものの様相がです、もう、どうして、うちはこげん難儀なこっちゃろうか、人が助からんじゃろうかと思うておったが、そのもとがこちらにあることが段々分かって、いなれば、合楽理念をもとにしておかげを頂きだしましたら、ね、その様々な難儀な問題が、有り難う合掌して受けられるようになった。
今朝からは、こういうお夢を頂きましたというて、●②お夢のお届けがありました。ね、私共の一番下の子供が、ね、先生の一番下の子供さんが、その大きなその、牛からもうまさに突き殺されようとしておるところ。
で、金光様、とこっちで唱えさせて頂いたら、その大きな牛が人間に変わって、その人間と、その私の子供が、その仲良う遊んでおる場面に変わりましたというのです。●
もうまさしく、その合楽の御理解というか、合楽でなら皆さんな直ぐ分かられるですね。牛というのは、家のめぐりと言われておるが、家のめぐりのためにも、まさに今にも突き殺されんばかりのような、ことだけれども、お道、合楽の信心を頂き、合楽理念を分からせてもらうと、ね、その、いうならば、お道の信心は、「めぐりと仲良うする信心ぞ」と言われておる。
どうしてこういう難儀なことが、その難儀は、いわば、家のめぐりに、なら巡りの為に、難儀があろうけれども、この大きな難儀のおかげ様で、信心が出来ます、と言う時に、もうそのめぐりと仲良うなっておるというようなね、働きをお夢の中に受けておられます。
ね、そういう様々な、いうなら中に、一つ一つを信心で頂き、いよいよ自分の心の肥やしとし、根肥やしとさせてもろうて、心が豊かになり、心が大きゅうなっていき、しかも体験を積んでいくうちに、信心の度胸も出来て、ね、どのような場合でも一本勝負、どっこいと、それを受けとめていくような、潔い心も生まれてくる。
ね、ためには、どうでもいよいよ、素直心の一つにて、私が、先、先回でしたでしょうかね、お月次祭の時に、ね、八時の御祈念が始まるというのに、ね、やはり、まぁ御理解だけに間に合えりゃよかとか。まぁお説教だけに、間に合えばよかとか、というようなことではいけません。
もうそのお月次祭そのものが、ね、もう始めから落第しておるようなもんじゃ。こりゃお月次祭だけのことに言えることだけれども、八時からのお月次祭ならば、八時せめて五分前ぐらいは、いや十分前ぐらいは、二十分前ぐらいには行って、そして、親先生のお取次ぎを頂いて、お祭りを頂くというくらいな、これは、月次祭に対するいわば心ですよ。
というくらいな、ことが出来なければいけない。だから、これを言うこと、聞こうということは、見やすーいことでしょうが。素直というのはそんなこと。はー、先生があー仰ったから、ならこの次ぎには、ね、夕ご飯をまちっと切り上げて、早く切り上げて、二、三十分早くお参りしようかというようなです、そういう姿勢が、素直な姿勢です。
もう本当に見やすいところなんです。ね。信心辛抱はちったむつかしか。けれどもね、その信心辛抱が出来ておりますとです、その辛抱の暁というか、ね、辛抱の後の、清々しさというか、有り難さというか、はー、辛抱しぬいてよかったと。
例えば、一つのことをね、例えば、不平不足ということでも、信心辛抱がいる。親先生が黙って治める、黙って治める、と仰せられるから。ね、ここは一辛抱させて頂いてと思うて、神様におすがりさせて頂いておると、ね、辛抱が出来る。
そして、後で、あー、いわんでおって良かったと。もうそれが段々重なってくるとです、もう辛抱せんですむほどしのおかげが頂ける。それが、豊かになっていきよるのであり、心が大きくなっていきよるのです。
ね、今日は私、えー、今日の御理解を、どういうところに焦点をおいて、お話しさせて頂こうかと思うて、●②今ここへお礼申させてもらいよる時に、神様にお願いをさせて頂きましたら、大きな大根を頂いたんです。
だから、大根というのは、大きな根ということですから、ね、今日は大きな心にならなければいけない、ということを聞いて頂きました。なら大きな心になろう、なろうではなれません。ね、今日は皆さんに聞いて頂いたような、ね、それこそ、信心は大きな信心がよい、迷い信心ではいかん、一心と定めいと。●
その一心と定めるというところ、ならどこに一心と定めるかということでございます。ね、いよいよ、信心の辛抱に、楽しみが湧いてくるような、ね、信心辛抱を身に付けたい、信心辛抱の徳を受けたいと一心に定めるのです。
ね、本気で親先生のいわれることに、いわば、ね、素直に聞き、素直に実行しよう。それには、今日の誠治君じゃありませんけれども、親先生に喜んで頂く信心が頂きたいです。親神様に喜んで頂く信心が頂きたいです。もう切実にそのことを書いております。
ね、そういう信心に、いやこのおかげさえ頂けやよか、といったようなものではなくて、今日も一日神様、あなたの心にかなう一日でありますように。親先生の心にかなう一日でありますように。
とこういう時、親先生なら右にするだろうか、左にするだろうか、というような、生き方、そういう稽古をさせて頂きながらです、おかげを頂いていくうちに、ね、何時の間にか、それこそ潔い、桜の花のような信心が、身に付いてまいります。
今日、今日の午後の奉仕の時に、伊万里の竹内先生から、電話がかかってまいります、竹内先生の奥さんから、竹内先生は、今東京へ出張中です。
まぁあちらが、いわば政治家であり、なら伊万里の市長さんであるからというわけでしょうか、末永先生から手紙がまいりましたと。初めて、お礼なり色々な現在おかげを頂いておることが書いてあります。
その中に、ブラジル国でも、大変、その有名な一政治家の方が、もうどうにも出来ない、右もさせも出来んというような問題にぶつかって、えー、通訳をつれて、そのお届け、参拝になったということが書いてある。
だから、おそらくあの、伊万里市長の話でもしたんじゃないでしょうか。ね、本当に最近、まだ40日かそこらの、あちらにまいりまして。ね、なるほど始めの間は、誰一人として参ってはこなかったけれども、最近では、中学校の校長さんが参ってくる。この前の手紙には、PL教というのは、日本の信者よりも、ブラジルの方が多いというぐらいに繁盛しておるそうです。
そのPL教の教師は十年勤めて、どうにもおかげが受けられない、信心の問題にぶっつかって、この道を開いて頂きたい、助けて頂きたいというて、PL教の先生がお参りをして来たという、お届けがあっております。
もうとてもただことじゃないです。凄まじいです。ね。だから、そういう凄まじい神様の働きを受けて、現すということはです、なら先生が、ここで十年間修行させて頂いておる、あの修行ぶりというものを、皆さんが思うて下さったらいいです。
ね、「梅の香を桜にもたせ、しだれ柳に咲かせたい」といったような信心が、それこそ、ね、やっぱり痛い苦しいもあったでしょうけれども、一日や、病気で休むといったようなこともない、十年間の修行を頂き続けたというところにです、親先生がいつも言われる、うちの修行生には、決して布教に出て苦労、ね、始めから、ね、食べることやら、いうならば、そういう生活の難儀な問題はさせんといわれるが、そのいわれないというその親先生のいうことを、実際に身を持って証を立てていっておってくれておる。
そういうおかげをです、なら、今日市川さんの、まだお参りは少ないけれども、そのご信者さんは長年の信心で、信心とはこれだ、とこう分かられたわけ。そこからね、奮い立たれて、いうなら三日間続いて朝参りが出来るといったような、もう死相がでておるといわれるほどの人がです、そういうおかげを受けておる、ということにまでなってきたんです。
ね、とにかく潔い信心。ね、いうならば、梅の花のような、信心辛抱、辛抱強い、ね、信心辛抱を身に付けていく。しだれ柳のように、ね、風に逆らわない、素直ないうなら心。こういう三つの信心が内容として、いよいよ心が育っていく時に、大きな心は、いやがうえにも育って行くことだと、私は確信いたします。
ね、そういう信心がね、大きく育っていかなければ、ね、おかげも大きい信心がよいというて、大きなおかげばかりを願うということでは、ないということでございますよね。どうぞ。